「正統性」思想とは−−エピジェネティクスと正統性

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聞きなれない言葉でありますが、生命力としての正統性を考えるうえで、避けて通ることができないのが、このエピジェネティクスであります。

エピジェネティクスの最も代表的なものは、DNAメチル化やヒストンの修飾である。

これらは、しかるべき場所で、しかるべき時に、しかるべき遺伝子が発現するように遺伝子の発現調節をしているのだ。

さらに、エピジェネティクスは、環境に応答し、その分布を変化させる。つまり、エピジェネティクスは、環境から情報を取り込む仕組みを持っているのだ。

そして、エピジェネティクス情報は、生殖細胞と通して子孫に伝わるのである。

つまり、親が獲得した形質が、エピジェネティクスを通して子孫に伝わることがあり得るのである。

はっきり言おう。

つまり、「獲得形質の遺伝」が可能なのである。

エピジェネティクスの発見によって、進化論の根底が動き始めた。

「詐欺師」のレッテルを貼られたカンメラーの実験は、エピジェネティクスによって説明可能であるという。→リンク

「ペテン師」と呼ばれたルイセンコの学説もまた、エピジェネティクスで説明可能であるという。→リンク

エピジェネティクスの登場によって、進化論のパラダイムが、大きく動こうとしている。

今まで、見捨てられてきた学説を、現代的な知識に照らして、再検討する必要があるのではないか。

それらを集めて整理し、再検討することが、新しいパラダイムを構築していく上で有益なのではないか。

ここで重要なのは、獲得形質が遺伝する/しないという二項対立を超えた、新しい生命観を作り上げることではないかと思う。

あらためて、生命とは何かという問いを考え直す絶好の機会に遭遇しているのかもしれない。
「エピジェネティクス進化論」とは?

前回までの議論では、遺伝病を例外扱いにしていたのでありますが、それがそうではなく獲得形質によって左右される(つまり自分の行動や心理にある)と言うことが、このエピジェネティクスと言う科学的根拠として示されようとしているのであります。

そして、ここに最も重要なことがあるのであります。それはこれが遺伝と言う世代間の問題としてではなく、これ自身が、自分の生命そのものをコントロールしている。この事実こそ、自分の行動や心理がガン発症に直接的に繋がる科学的証明となるのであります。

――理解が進めば、病気になりにくい遺伝子コントロールができるようになりますか?

 そうですね。例えば一般的に「うちはがん家系だ」みたいな言い方がありますよね。確かに発がん遺伝子みたいに、明確にがんをもたらす遺伝子の変化はいくつか知られています。でも一般的に、がんは遺伝によってなるのではなく、食事や生活習慣、さまざまな環境の集積、長生きによりエラーが体の中に蓄積することなどの兼ね合いで起こります。

 とはいえ、ある種の地域や生活習慣には、がんの要因があると理解されています。それは、実は遺伝子に直接働きかけているのではなく、エピジェネティクスなものに働きかけて、病気にしやすい状況を作り出している場合があると思います。そういうことがわかると、その状況を避けて、要因がエピジェネティクスに働きかけないように改善できれば、病気にかかりにくくなる生活習慣を作ることが可能だと思うんですね。

――エピジェネティックながん治療が可能になるのでしょうか

 がん細胞は本当は肝臓の細胞だったり、肺の細胞だったり、分化が完成した細胞がある時、自分の分を忘れて未分化の細胞、つまり個性のない細胞に戻ってしまい、増えることだけをやめなくなってしまった細胞です。

 そういう変化はどうして起こったかというと、DNA上でどの遺伝子が働いてどの遺伝子が働かないという、ある意味エピジェネティクスな決定がリセットされてしまい、そのために無個性になって増殖だけをやめなくなったと考えられます。リセットされるとはどういうことかというと、DNA上のメチル化やアセチル化などの化学装飾が取り外される、つまり一度注釈として書き加えられていたものが消されてしまい、受精卵に近いまっさらな状態、あるいはES細胞やiPS細胞に近い状態になってしまったということです。

 だから、エピジェネティクスな意味の修飾がリセットされるのを防ぐと、がん化が防げる可能性はあると思います。ただ一度がんになってしまったものは、もうリセットされてしまっているので、そこにどうやって働きかけてがんを防ぐかは、すぐには想像できないですね。
福岡伸一教授が語るエピジェネティクス入門、【最終回】あまりに多すぎてコントロールできない 遺伝子操作の限界はどこにあるのか

ガン化の本質的メカニズムが明らかにされようとしているのであります。

リセットされるとはどういうことかというと、DNA上のメチル化やアセチル化などの化学装飾が取り外される、つまり一度注釈として書き加えられていたものが消されてしまい、受精卵に近いまっさらな状態、あるいはES細胞やiPS細胞に近い状態になってしまったということです。

この記述は、きわめて重要な意味を含んでいるのであります。それは、ガン細胞とは、その自分自身の役割と言う「意味」を喪失した細胞であると言うことであります。

「意味」の喪失。

「エピジェネティクス」とは「意味」の集合であります。この「意味」を喪失するとは、すなわちそのまま「生命力としての正統性」を失うことになるのであります。

そしてこれをよく考えると、この「意味」の喪失とは、なにもガン化に限った話ではないのではないかと言う疑問がわいてくるのであります。

これが細胞レベルか、組織レベルか、身体レベルかの違いだけで、病気とはすなわちその「意味」の喪失から起こるものではないかと言うことであります。

かように考えると、人が生きる「意味」としての「忍耐であり、寛容であり、慈愛」を取り戻すことがそのまま、病気を治癒することに繋がっていると言う、その真の「意味」もまた容易に理解できるのであります。

そしておまけのお話。

■ 遺伝で重要なのはお父さんよりもお母さん
――エピジェネティクスによって何がわかるのでしょうか。

 遺伝子がオンになるタイミングやボリュームはどうやって決まるのかについて、色々なことがわかってきています。親から子に手渡されるのはDNAで、DNAはいったんリセットされて新しい生命体ができます。でも虚心坦懐に生殖の仕組みを見ると、親から子に受け渡されるのはDNAだけじゃなくて、受精卵という形で子どもができています。

 受精卵はとても大きな細胞で、お父さんのDNAとお母さんのDNAが合体してできた新しい遺伝子をその中に持っていますが、同時に受精卵の細胞質というか、DNAを取り囲んでいる細胞環境自体も親から子に、特にお母さんから子供に受け渡されます。

 その中に、DNAだけじゃなく、DNAをどういう風に働かせるかという色々な装置もあって、一緒に受け渡されているんです。マターナルRNAというものがあって、マターナルって「母の」motherの形容詞ですけれども、受精卵の中にお母さんが作り出したRNAがいくつか入っています。それはタンパク質の設計図なのですが、お父さんとお母さんから由来するDNAとは別に、あらかじめRNAが存在していて、それが遺伝子を動かす順番を決めていることがだんだんわかってきました。まさに遺伝子の外側にあるエピジェネティクスな仕組みの一つですね。

 またDNAもただの遺伝暗号だと考えられていましたが、それだけじゃなくて、DNAにはさまざまな化学的な修飾、つまり印がつけられています。それはメチル化やアセチル化と言われていますが、文字でいうと小さな傍点のようなものですね。括弧とか傍点のように、テキストそのものではないんですが、そのテキストをどう読めばいいかということが、小さな化学物質の変化としてDNA上に書かれています。

 その化学的な装飾は、親の遺伝子に書かれていれば子どもにも同じように書かれるというように、遺伝するものであることがわかってきて、それもエピジェネティクスの新しい仕組みとして注目されています。
福岡伸一教授が語るエピジェネティクス入門、【第2回】遺伝で重要なのはお父さんよりもお母さん? サルを人に変えるエピジェネティクスが解き明かす 遺伝の不思議

遺伝子レベルまでも、母は強し、でありました。恐れ入りましたであります。 KAI