October 01, 2009

写真の力と時間の力

写真とは何か。いままでずっと、写真とは瞬間と言う時間を切り取るものだとばかり思っていた。

しかし、どうやらこれが大いなる勘違いであることに、やっと気がついた。

 −−それで、明確なコンセプトを持った作品を発表していく

 杉本 現代美術としての展開を考えて行き着いたのが、「観念を目に見えるかたちにすること」です。抽象絵画と同じことが写真でもできるんじゃないかと。まず考えたのが、「時間を視覚化する」ことでした。

 −−世界各地の海を水平線を中央にした同一の構図で撮影した代表作「海景」もそんなコンセプトで? 

 杉本 古代人が見た風景というのは現代にも残っているのだろうか? そんな疑問が始まりです。地上はすべて人間が破壊の限りを尽くしているからもうダメ。でも海の場合は今でも共通に見ることができるんじゃないかと。そこで、古代人の気持ちになって海を撮影することを試みたわけです。東京湾では交通量が多くて撮れない。ニューヨークの近くも同じ。人里離れた過疎地みたいなところには、そういう人類発生の起源にたどり着くような風景は残っているものです。

 −−撮影の裏話を

 杉本 気象予報士みたいな能力が必要ですね。雲の流れを見ながら、どちらの方向に行くと波が静かであるとか…。月の出る位置や太陽の出る位置なんかは行く前にすべて計算しておく。現場に行ったら、ローカルな新聞を買って、潮の満ち干を確認する作業です。あとは地形を見ながら、すぐに移動した方がいいのか、もっと粘った方がいいのかそのつど判断していきます。
【話の肖像画】世界文化賞受賞 時を撮る(上)写真家・杉本博司


なるほどね。気象予報士と言われて、ピンと来ました。

いままでKAIが考えていた写真と言うものは、今目の前にある瞬間の光景をカメラで切り取ると言うイメージをずっと抱いてきました。しかしそうではなく、写真とは目の前の時間の流れをフィルムに写し取るものである、と言うわけです。この「時間の流れ」を「歴史」に置き換えても、同じ意味になります。

そう考えたとき、なぜか何十年か前に見た1枚の写真が、脳裏に浮かんでくるのでした。それは確か朝日ジャーナルだったかの1頁で、日焼けして赤黒い(白黒写真だから想像だけど)顔に深いしわをきざんだ漁師の写真です。この深いしわが、漁師の人生すべてを物語っている。

実は、KAIは、写真を見るのは大好きだけど、撮るのはなぜか大の苦手なのですが、なるほど写真とは、こう言うものなんだと考えると、この苦手の訳が分かる気がします。

苦手と言うのは、要するに「下手」ってことです。いつもなぜか必ずシャッターを切るタイミングがうまくつかめない。別に動いているものを撮る時だけでなく、漁師の写真のようにじっとしている人物の顔を撮るだけでも、微妙にタイミングが外れて不自然な表情になる。

母親の撮った子どもたちの写真は、満面の笑みなのに、KAIが撮った子どもたちは、いつも表情が寂しい。いったいなぜなんだ。この不条理の訳は、KAI自身の中にあった。ファインダーで、笑顔を見てからシャッターを切るのが、いけなかった。毎日毎日子どもたちと一緒にいる母親は、子どもたちがどこで笑みを浮かべるか最初から知っている。だから、このタイミングを外さない。

被写体の気象予報士になれ。

そして、もっと重要なことも分かった。

 −−古美術品の収集にも熱心で、自作と並べて展示されています

 杉本 時間の概念というのが自分の作品の根幹をなすものなんですね。時間を感じるのに、手っ取り早いのは古いものを身近に置くこと。縄文の土偶とか土器を眺めつつ手にとってみると、何千年何万年という時間がスーッと意識の中に入ってくるわけです。今の一瞬一瞬じゃなくて、自分の命というのは連綿と古代につながっていくという意識を植え付けることができる。古美術のコレクションなしには自分の作品も成り立たない、という両義的な関係にあるわけです。(海老沢類)
【話の肖像画】世界文化賞受賞 時を撮る(下)写真家・杉本博司(61)


今の一瞬一瞬じゃなくて、自分の命というのは連綿と古代につながっていくという意識」とは、なんともすごい言葉です。被写体の中に、古代からつながる永遠の命を見ると言うこと。

KAIもまた同様の体験をしていることを、思い出しました。

この光景とこの中にいる感覚は、具体的に思い出せないけど、昔何度も体験してきた気がする。そう神社の境内に立つ巨木の霊気のようなものか。なるほど京都金閣寺側の天皇陵、伊勢神宮、出雲大社、大三島の大山祇神社(おおやまづみじんじゃ)、いずれでも感じた不可思議な感覚を、この公園の古木からシャワーをあびるように感じて、林を抜ける頃には、なんだかまるで別の自分であるかのような気分になってきた。

清々しいとは、こう言う気分である。
古木と温泉で復活

巨木の霊気とは、時間のエネルギー。昨日の伊勢神宮の式年遷宮と時間の力の話と、そのまま繋がる話です。また、何かの啓示があるのでしょうか。 KAI

投稿者 kai : October 1, 2009 08:48 PM | トラックバック
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